東光寺は、薬王山浄水院東光寺と称し、新義真言宗智山派大智寺の末寺であり、本尊の不動明王坐像は享保十八年(一七三三年)に法橋幸慶が作ったものといわれている。
 当寺に関する古記録は、散逸して現存しないが、明治の末に編さんされた「三芳野村郷土誌稿」によれば、「往古より一小池あり、幅五間、長八間にして、中に小島あり池水心の字の形をなす。老樹森立してこれを?り世塵を隔絶し静閑の地たり」と記され、承安元年(一一七一)この清浄地に薬師如来の翠影彷佛として出現し、里人おそれて深く信仰し、以来、薬師如来を本尊として日光、月光菩薩十二神将を配し、かつ、かたわらに愛宕権現を奉祀したと伝えられている。
 しかし、新田義貞鎌倉攻めの折、鎌倉海道を通り別所山で休息していたところ東と西に光を放つところがあり、そのところに寺を建てて東光、西光の両寺としたとの伝承もあるが、いずれにしても、鎌倉海道をはさ両寺は、往古の領主青木氏の菩提寺として、この地の信仰の中心になっていたものであろう。

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