埼玉県 鶴ヶ島市 緑豊かな閑静な寺





當山は普門山蓮華院慈眼寺と号す。
元は字宮内に寺があったと言い伝えられ発掘調査で舶来陶器の梅瓶が発見されている。往時の館主の存在は不明であるが當時の豪族であったことは間違いなく、出土品は都市鎌倉を経由して當地に請来されたものである。
 慈眼寺が開創されるのは、十五世紀末期頃である。過去帳には開山僧榮祐の没年が永正二年(一五〇五)と記録されているので一応の目安となる。
 時は戦国の世、守護大名らが各地で戦いに明け暮れし力を持ち始めたころ、関東では関東官領山内上杉氏と扇谷上杉氏が覇権を争い内乱が最も激しさを増していた時代にあたる。慈眼寺開創の援助した開基者は扇谷上杉氏派配下の在地勢力者と考えられる。延宝年間には吉見金剛院末寺として現われる。
 明治十三年、第廿九世高顕和尚の折、暴風で本堂倒壊するも大正十五年寶蔵寺住職玄英和尚は檀徒五十有余の総力をもって起工昭和二年二月廿八日竣工する。時移り本堂いたく荒廃し、本尊並びに仏具危殆に瀕するに至り、ここに檀徒役員、住職改築を発願し平成九年本堂落慶を迎へる。



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