真言宗智山派 光明山正覚院 円照寺縁起


 当山は平安の初期宗祖弘法大師龍燈桜の奇瑞を感じ霊泉を加持して堂宇を創立したと云う。
 鎌倉の初期宣化天皇の遠孫加治太郎実家が当地に住し、弟左衛門尉家季が元久2年6月23日二保川の戦いで畠山重忠と戦い野田与一経久と共に討死した。その子の加治豊後守家茂が父家季の菩提の為、円照上人を開山として開基したのが始まりである。

 康元元年(1256)になって高野山より丹党の氏神である丹生明神、また厳島より弁財天を勧請して丹党一族の鎮守として改めて尊永上人を中興開山に加治家を大檀越とした元弘3年(1333)5月22日鎌倉幕府はその幕を閉じ、同時に守護加治左右門入道家貞もこれに殉じて絶えたが、その一族は新田氏とともに南朝に味方して武名を揚げ元亀ー天正(1570−1592)の頃、加治左馬助にいたるまでの加治家菩提寺として大いに栄えたが、その後はやや衰退した。

 天正年間により、聖天院25世円真上人が同院退老ののちに円照寺に入り、三浦城之助の助力によってこれを再建、大檀越は加治氏から三浦氏となる。
 慶安2年10月徳川幕府より御朱印地15石を賜わり明治の初年寺領を奉還して現在に至った。

1.本尊は加治氏の守り本尊とされた、行基作の三尊阿弥陀如来像、本堂は元禄年間の再建にかかるものだが、わずかの円柱と天井裏と床下等をそのまま生かし昭和38年5月改築
1.弁財天は厳島より加治氏勧請 1月14日大祭
1.北向不動尊、運慶作、金剛殿に奉安(安永年間再建) 4月28日大祭
1.子易地蔵尊 平忠盛守本尊(小野篁)作
1.弁財天立像(新海竹蔵氏奉納)
1.如意輪観音、武蔵野観音霊場22番(小野賢一郎氏寄贈)
1.七不思議の池(この池は弘法大師堂宇創建の際加持せられたものと伝えられる)
   
   1.流水のつきることなし 2.鉱泉の瑞現 3.蛙なくことなし 4.雑草生えることなし
   5.水濁れば3日のうちに雨ふる 6.うなぎの片目 7.たにしの金色
 

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